ホームレス時代

ホームレス時代が私にはある。



うちに帰れなくて。

いや、帰りたくなくて。

東京を彷徨い歩いた。


泣けなしのお金とトランク1つで。

誰を頼れば良かったんだろう。

私は誰にも連絡できなくて。

誰にも連絡しなかった。


「頼り方がわからない」のは

家族に「誰にも迷惑かけるな!」と

言われながら育ったせいだと思う。


東京を彷徨い歩き、公園で寝泊まりした。


季節は春だから、

外で寝ても死にはしないから。


ただ女の身では少し危険だなと思ったくらいで。正直もうどうでも良かった。


池袋の界隈をただ時間を潰して。

「私の人生って何なの?」

惨めで辛くて自暴自棄だった。


でも、今思えば楽しかったかも。

違った輝きがあったんだと今は懐かしく思う。


公園で出逢った人たちと会話する。

そこで出会う人たちが。

何やかんやと世話してくれた。


「泊まるとこないなら。」


そう行って安いホテルを紹介してくれた。

お金は私が払うと言って去って行った人。


「女の子なんだからお風呂にちゃんと入りなさい」


風呂屋を紹介してくれ、風呂代まで持たせたてくれた人。


「前もね、君みたいな家出した女の子居たんだよ。この公園に。」


慣れた扱いに、彼等が人助けした人間は私だけじゃないのだと理解した。


することがないから私は公園に入り浸りだった。顔見知りになり、色んな人と知り合いになった。


「何を悩んでて、今こういう状態なの?」


相手が善人だとか悪人だとか、私にはどうでも良かったんだ。


ただ、彼等と過ごすうちに私は楽しくなって。ご飯食べたり、喋って大笑いしたり。


私には稼ぎがないから。

ご馳走になってばかりだったな。


見返りを求めているからなのかな?


彼等の善意は何のため?

疑問に思いながら甘えさせて貰う。

図々しいと思われて居たとしても。

私はどうしたらいいかわからなかった。

だから、彼等といた。


彼等が仕事に行ってしまうと、私はまた寂しくなって。そして自分がヤケに惨めで。いたたまれなくなり。


ボンヤリ道端に座っていたこともあった。


今度は全く知らない男性がひとり。

私に話しかけてきた。

お弁当とお茶を1つずつ持って。


「食べてないんでしょ?食べて。」


怪しいと思った。

けれど私も普通に応えた。


「何で?私に?お弁当?」


「いつもここでボンヤリしてるでしょ?気になってたんだよね。」


涙が溢れてきた。

泣きそうだった。

でも泣かない。


「いいから食べな。毒入ってないから。

何も求めてないから 笑」


同じ歳くらいの男性だった。


「ありがとうございます。頂きます」


私は遠慮なくご馳走になった。

確かに毒は入ってなかった。

毒入りでも構わなかったかも。



「どうしてこんな親切を?」


「俺も昔、そうして貰ったから。」


「俺も昔、家出したことあって。何も無くて。食うにも困ったときがあってさ。」


「俺も色んな人に助けらたから。おんなじことを困ってるあなたにしてるだけ。」


そう言って彼はニコっと小さく笑った。



そんなことってあるんだろうか?


施しを受けたことは私の人生では1度もなかった。食べるのに困る人や寝る場所に困る人にも、ここ日本で出逢ったことなどない。


自分がこんな状態になるまでは。

自分が経験するまでは。


「人生色んなことあるよね」


彼はそう言って、私が食べ終わるまで側にいてくれた。


「ありがとう」


お礼を言うと、じゃあ俺は仕事に行かなきゃだからと彼は去って行った。


そして振り返る。

彼が走ってきた。


「これくらいしかできないけど」

「じゃあね😃」


そう言って私の手のひらに無理やり何かを握らせた。


3万円だった。




惨めで情けない自分が本当に嫌だけど。

世の中、こんなに優しい人たちもいるんだ?


私は彼の後ろ姿をしばらく見つめていた。


私は家族に憤りを覚えて人間不振になりかけていたから。このホームレス時代の出来事は未だに忘れられないでいる。


家なき子のように彷徨いホームレスや乞食のような毎日の経験は。確かに私の惨めさを強調するものだが、同時に私に沢山のことを思いださせ、気づかせてくれた経験でもあった。




「世の中、こんな人達もいるんだ。」


人間不振の状態で、それに気づくことや思いださせて貰うことが如何に大事か。


人を信用できない誰かを、また人を信用できる人間へ戻すことへの全ては。


やはり同じ人の優しさ。



私はそれから東京を去った。

家に帰ろうと思えたからだ。


挨拶できる人には挨拶をしお礼を言い。

会えなかった人には突然のお別れになっただろう。



でも今でも彼等ひとりひとりの顔や、話したことを覚えている。



私は今も。

私がした自暴自棄の責任を未だに取っている。立ち直れているかなんて小さなことで。


人間不振を治してくれた。

人間の優しさを思いださせてくれた。


今思い出すと。

大変で本当に誰も経験したくないような全てだろうけど。


私には劇薬になった。


私があのホームレス時代の間に失ったものは、仕事期間のブランクと時間。そして要らないプライド。


その代わり、人に頼ること。

沢山の善意と優しさ。

何よりこの世への信頼。


今でも忘れていないよ。


まだまだ返せる状態じゃなくて。

ごめんなさいと心で時々思いながら。



「俺も色んな人に助けらたから。

同じことをあなたにしてるだけ。」


未だに忘れられない。

いや、忘れてはならないのだ。



いつか、誰かに返せたら。

返せたら。